<歴史>
町には、約1万年前から人が住んだ記録があります。江戸期には土佐藩主山内家の主席家老深尾家が佐川1万石を封鎖、その際 の御酒家が蔵の前身です。 大正年に、これらの酒造家が合同して現在の蔵を設立、佐川出身の明治維新の志士・田中光顕元宮 内大臣が「牡丹は百花の王、さらに牡丹の中の牡丹たるべし」との意味を込めて「司牡丹」と命名しました。蔵の近くには、同氏のほか 志士の遺墨を集めた「青山文庫」や、町内出身の世界的植物学者・牧野富太郎の旧家跡があります。 |
<造り>
米・水・技・心が蔵の4大柱。米はほぼ全商品の麹米・酒母米に酒造好適米の最高峰・山田錦を使用。水は、古来より神河と称される 清流・仁淀川水系の極軟水の湧き水。これらを軟水による酒造りの第一人者、広島杜氏の技で仕込みます。戦中戦後も貫いた品質 至上主義は、時代環境に曲げられることのない真っ直ぐな心が支えてきました。現在の特定名称酒比率は70%に達しており、将来は 100%を目指しています。 |