<歴史> 蔵のある松山町は、既に奈良平安の昔から有力な豪族が住み中央とその交通の要衝として繁栄していたことは、旧奥羽街道沿いに残る多くの史跡や伝説からも伺えます。1401年から200年間は遠藤家が、江戸期には仙台藩の重臣茂庭家が1万3000石を領し千石城を中心に城下町として栄えました。蔵は、昭和48年それぞれ200〜290年の歴史を持つ県内4社の蔵元の企業合同により創立。以来、南部杜氏伝統の技と心を生かした手造りの酒を醸し続けています。
<造り> 昭和48年の創業当時から、糖分添加をしない本醸造と純米酒造りに取り組み、スッキリ軽快な酒を造り出して来ました。杜氏の1級・特級を上回る酒質の酒を手頃な価格の無鑑査2級として発売、その後の無鑑査酒ブームの先駆けとなりました。平成4年の級別廃止を機に、特定名称酒のみの製造、そして新商品開発は純米酒に限るとし、さらなる純米酒拡大に努めています。原料米についても9割が県内産米を使用、地域に根ざした酒造りを推進しています。自然との共生を大切にし、伝統を守っていくこと。お客様に満足していただくこと。地域振興につなげること」これが一ノ蔵の酒造りの原点。この精神のもとに、浅見商店、勝来酒造店、桜井酒造店、松本酒造店がひとつになり、昭和48年、一ノ蔵が誕生しました。
初代社長・松本善作は、各蔵元の若き代表者の4人に「家族ぐるみでつき合い、喜びも悲しみも分かち合おう。力を合わせて新しい蔵を作り、できるだけ手づくりの仕込みを残した高品質の酒を造ってほしい」と願いを託しました。手づくりの仕込みは現在も忠実に守られています。 |